JUNKOのえっとのこたーないブログ

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本日は、ず~っと家にこもって勉強をしていたのですが、夕方あまりにもクサクサしてきたので、気分転換でヴァイオリンを弾いてみました。
最近はキーボードばかり練習していたので、ヴァイオリンケースを開くのは約5ヶ月ぶりです。なんとまぁほったらかしてきたことか。

久々にヴァイオリンを弾いてみると結構楽しくて夢中で弾いていたのですが、ものの20分で腕がプルプルしてきて、30分たったころには限界が訪れ、早々にやめました。ブログを書いている今現在も左手に力が入りません。どうやらめちゃめちゃ筋力が衰えているようです。

う~ん、このままではヤバイ・・・ただでさえヴァイオリンは練習しないとどんどん下手っぴになるのに、その上筋力まで衰えるとは。
ちと息抜きを兼ねて練習したほうが良さそうですな。

というわけで明日からがむばります!!多分!!
このブログのテンプレートのデザインをつい音楽っぽいものを選んでしまったので、音楽の話を書かにゃいけまいと思い、パソコンの前に座ってはみたものの・・・

特記するほどのことが見当たりまへん"^_^"

う~ん・・・たまには私の幼少時代の音楽への関わりについて書いてみましょうか。

私が小さいころは、塾やら習い事がちょうど流行ってきた時代ではなかろうかと思うのですが、近所の子供たちはみんな塾・ピアノ・習字・公文などに通っていました。女の子は必ずと言っていいほど自宅にピアノがあり、近所のピアノ教室に習いに行っていました。
私はいつも友人の家に遊びに行っては、練習を聞かされていました。友人たちは練習ですからつっかえつっかえ弾いていて、聞いてるこちらがストレスがたまるような演奏でしたが、それでもピアノの音自体にすごく魅了され、いいなぁ羨ましいなぁとずっと思っていました。

そんな中我が家は、父の教育方針が塾・習い事禁止でして、さらに大のピアノ嫌いだった事もあり、ピアノを買ってもらうことはおろか、欲しいと言い出す事すらできませんでした。しかし我が家には一台の電気オルガンがありました。昔よく音楽室にあった、足でフミフミしながら鳴らすオルガンの電気バージョンのようなもので、プチっと電源を入れてジャージャーと鳴らすタイプのものでした。

私はとりあえずオルガンを弾くことにしました。しかし、我が家にはオルガンが弾ける人はいません。父はもちろん大嫌いですし、母は「ちょうちょ」すら弾けない人でした。今にして思えばなぜ我が家にオルガンがあったのでしょうね(?_?)
しかし、母は簡単な音符を読むことぐらいはできたので、一冊の楽譜を買ってきて、楽譜の音符とオルガンの鍵盤に色を塗ってくれました。「ド」は赤色、「レ」は黄色、「ミ」は緑色、「ファ」はオレンジ色、「ソ」は青色でした。楽譜の音符には色鉛筆で塗り、オルガンの白鍵の上の部分にはカラーマジックで塗りました。そして、色付きのモール針金で指輪を作ってくれました。私はその指輪を赤色は右手の親指に、黄色は人差し指に、緑色は中指に、オレンジ色は薬指に、青色は小指にはめました。
するとどうでしょう!!楽譜の音符の色を見て、その色の指輪をはめている指で、その色の白鍵を弾けば、その曲が弾けるのです!!最近のキーボードなどには鍵盤が光ってどこを弾くかガイドしてくれるものもあるようですが、その走りみたいなものですね。母も考えたものです。それともこういう練習方法は幼い子が習う一般的な方法なんでしょうかね?何せ習いに行った事がないのでよく分かりませんが・・・

その母の手作りのシステムを用いて私は独学でオルガンを練習しました。「ちょうちょ」とか、「う~み~は~広い~な」とかだったと思います。最初は右手だけで弾いて、慣れてきたら両手で弾いて。
母は、自分は「ちょうちょ」も弾けないくせに、私が弾いているのを見て、あーだこーだといちゃもんをつけていたのを覚えています。
しかしわりとすぐに私が「ちょうちょ」が弾けるようになったので、その時点ですでに母を超えた優越感みたいなものを感じていたように思います。

以上が私と鍵盤との出会いですかね。なにぶん幼い頃の記憶なので、ひょっとしたら現実とは微妙に違うかもしれません。母に聞いたらまた違う話が聞けるかもしれませんね。

たいした話じゃございませんが、この続きはまたいつか気が向いた時にでも・・・
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